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東京地方裁判所 平成8年(ワ)24593号 判決

主文

一  被告が原告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成八年一〇月一日から月額金一一〇七万四〇〇〇円であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金四〇三七万六〇〇〇円及びうち金二五二万三五〇〇円に対する平成八年九月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年一〇月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年一一月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年一二月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する平成九年一月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年二月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年三月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年四月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年五月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年六月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年七月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年八月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年九月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年一〇月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年一一月末日から、うち金二五二万三五〇〇円に対する同年一二月末日から、各支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告の請求

1  被告が原告に賃貸している別紙物件目録記載の建物(本件建物という。)の賃料は、平成八年九月から月額七七三万九九七七円であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、九九六二万〇三九一円及びうち五八六万〇〇二三円に対する平成八年九月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年一〇月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年一一月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年一二月末日から、うち五八六万〇〇二三円にする平成九年一月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年二月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年三月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年四月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年五月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年六月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年七月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年八月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年九月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年一〇月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年一一月末日から、うち五八六万〇〇二三円に対する同年一二月末日から、各支払済みまで年一割の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

本件は、(事務所用)賃貸ビルの賃貸事業受託方式のサブリース(転貸権付建物賃貸借)について、賃借人である原告が賃貸人である被告に対し事情変更の原則及び借地借家法三二条に基づき賃料の減額及び超過支払額の返還を求めた事案である。

三  争いのない事実及び後記各証拠により容易に認定できる事実

1  原告は不動産業を営む会社であり、ビル事業部受託開発部においてサブリース事業を手がけ、被告は本件建物の管理を主たる目的とする会社である。

本件建物の敷地には被告代表者の父母が三代目で商ってきた料亭があったが、被告代表者において、右料亭を廃業して建物を取り壊しその跡地に居宅兼賃貸ビルを建築する計画が立て、平成三年二月、被告を設立した。

原告は、同年五月初旬頃、本件建物の建築情報をつかみ、同月一五日頃、被告に対し、「神楽坂四丁目ビルに関する御提案」と題する書面を交付して、本件建物についてサブリースの申入れをなし、賃料年額二億九八〇〇万円、賃料値上率を三年毎に一〇パーセント、敷金総額五億九六〇〇万円、賃貸借期間を建物竣工時より二〇年間とする条件を提示した。

他方、被告代表者としては、本件建物の建築資金の返済や親の看護扶養費用の捻出等を考えて、本件建物については当初から賃貸事業受託方式のサブリースに供する予定でおり、原告からの右提示がなされた時点で、他に同業二社からサブリースの申入れがなされていた。原告は、他の二社が坪単価月額三万円代前半程度の条件を提示しているとの情報を得たうえで、坪単価月額三万四〇〇〇円を基に右条件を提示した。

その後、原告は、同年六月四日、被告に対し、「(仮称)神楽坂四丁目ビル計画に関する御提案」と題する書面を交付して、右賃貸条件に加えて、テナントの入居状況にかかわらず原告が建物竣工時から賃料全額を支払う旨、建物竣工時から二〇年にわたり原告が賃料及びその値上率を保証するので被告には高額の収入が長期間保証され、危険負担は全くない旨を説明し、本件建物を原告に賃貸するように申し入れた。被告としては、原告が示した条件が他の二社よりも有利なものであったことから、原告と契約することとした。

原告は、同年八月二六日、被告と本件建物賃貸借について基本協定書を取り交わし、賃料を月額二五三一万九七〇〇円(有効貸室面積を七二三・四二坪として坪単価月額三万五〇〇〇円)、敷金総額六億〇七六七万二八〇〇円、期間を引渡日より二〇年間とし、賃料については賃料の支払開始日から三年毎に直前賃料の一〇パーセントの値上げを保証し、但し、急激なインフレまたは経済情勢の激変が生じた場合は原告、被告協議のうえその改定率を変更することができる旨、原告が本件建物の設計について要望事項を出したときは被告は可能な範囲でこれを取り入れる旨を合意した。

2  原告は、平成三年一〇月三一日、被告から、本件建物を賃料月額二四〇八万六六〇〇円(有効貸室面積を六九八・一六坪として坪単価月額三万四五〇〇円)、敷金六億三八八一万六四〇〇円、期間は引渡日から二〇年との約定で、借り受け(本件契約という。)、敷金の一部として一億円を支払った。

原告と被告は、本件契約において、賃料改定について、賃料の支払開始日から三年毎に直前賃料の一〇パーセントの値上げを保証し、但し、急激なインフレまたは経済情勢の激変が生じた場合は原告、被告協議のうえその改定率を変更することができる旨を合意し、

賃料は毎月末日限り翌月分を支払う旨を合意した。

なお、敷金については、基本契約書に基づき原告の要望事項を取り入れた設計変更によって本件建物の工事費用が約一億四六五〇万円増加することに伴い、基本協定書よりも増額する旨が合意された。

原告は、平成四年一二月三日、被告から、その竣工と同時に本件建物の引渡しを受けた。

原告は、同月二九日、被告に対し、敷金残金五億三八八一万六四〇〇円を預託した。

3  ところが、原告においては、いわゆるバブル経済の崩壊による影響で、平成四年半ば頃から、賃貸ビル(貸事務所)事業が不振となり、解約数が増加して空室が相当数発生し、賃借人や転借人から賃料減額の要求がなされるようになり、かつ新規賃借人を得ることが困難な経済情勢となった。そして、本件建物については、本件契約の坪単価月額三万四五〇〇円という条件では賃借人を得ることが不可能であった。

そこで、原告は、平成四年秋頃から、被告に対し、本件建物の賃料の減額を再三申し入れた。

他方、原告は、平成四年一二月末頃までに、日販コンピューターテクノロジーと、本件建物の一階ないし三階部分を、一階及び二階の合計三二三・九六坪については坪単価月額二万四〇〇〇円、敷金を賃料の一二月分で、三階の一三三・七八坪については坪単価月額二万円、敷金を賃料の一二月分として、平成五年三月二五日から貸し渡す旨を契約し、新有朋社と、地下一階部分の一五五・六二坪を坪単価月額二万三〇〇〇円、敷金を賃料の一四か月分として、平成五年二月一日から貸し渡す旨を契約した。

原告は、平成五年二月二日、被告に対し、本件建物の平成四年一二月三日から平成五年二月分までの賃料として、本件契約による賃料月額二四〇八万六六〇〇円(坪単価月額三万四五〇〇円)を一方的に減額して年額一億六〇六九万三五二四円(坪単価月額一万九一九七円)の割合による賃料しか支払わなかった。

原告は、平成五年五月二〇日、ディ・エス・メカトロニクスと、本件建物の三階の八四・一二坪を坪単価月額二万一八〇〇円、敷金を賃料の一六か月分として、平成五年一〇月一日から貸し渡す旨を契約した。

4  原告と被告は、平成五年六月一八日、覚書を取り交わして、本件建物の有効貸室面積を六九七・九三坪と確定し、本件建物の賃料を平成四年一二月三一日までは月額一三三九万一一二七円、平成五年一月一日から平成八年三月三一日までは月額一三六〇万円(坪単価月額一万九五〇〇円)とし、その後の賃料については、原告がテナントに転貸している状況を勘案し、原告、被告が協議のうえで決定する旨、敷金を一一億七八八一万六四〇〇円に増額する旨、右敷金については既預託額を差し引いた五億四〇〇〇万円を平成五年から平成一〇年まで毎年七月三一日限り、九〇〇〇万円宛被告に交付して預託する旨を合意した(本件減額合意という。)。

本件減額合意では、平成四年以降の急激なオフィス賃料の下落に対応すべく原告、被告誠意をもって協議を重ねた結果、事情やむを得ず合意された旨が覚書1項に明記され、また、同5項で、原告は本合意による賃料額が本件契約で約定された当初賃料額二四〇八万六六〇〇円(坪単価月額三万四五〇〇円)を早期に上回るように転貸条件の向上に誠意をもって努力する旨が合意された。

原告は、平成七年七月三一日までは右敷金各九〇〇〇万円を支払ったが、平成八年七月三一日に支払うべき九〇〇〇万円を支払わなかったので、被告において、同年八月三〇日、原告に対し、敷金九〇〇〇万円の支払を求める旨の訴訟を提起し、平成八年一二月二五日、平成九年一月一四日に九〇〇〇万円、平成九年七月三一日及び平成一〇年七月三一日に各九〇〇〇万円を支払うことで訴訟上の和解をなした。

原告は、その後転借人からの賃料減額請求にやむを得ず応じ、新有朋社については平成七年二月一日から賃料を坪単価月額一万二〇〇〇円に減額し、日販コンピューターテクノロジーについては、平成六年五月一日から一階及び二階部分の賃料を坪単価月額二万円に減額したが、平成八年四月三〇日、同社とは契約解約となり、その転貸部分について、アトラスと坪単価月額一万三五〇〇円、敷金を賃料の一三か月分として平成八年二月三日から貸し渡す旨を合意し、その後新有朋社との契約も解約され、その転貸部分について、アトラスと坪単価月額一万七〇〇〇円、敷金を賃料の一八か月分として平成九年二月一二日から貸し渡す旨を合意した。

5  原告は、平成八年一月以降、被告と賃料値下げの交渉を重ねたが合意に至らず、同年九月三日、被告に対し、内容証明郵便で本件建物の賃料を平成八年九月から年額九二八七万九七二九円(月額七七三万九九七七円)に減額する旨の意思表示をした。

原告は、被告に対し、平成八年九月から平成九年一二月まで毎月末日限り、本件建物賃料月額一三六〇万円を支払った。

四  当事者の主張

原告は、いわゆるバブル経済の崩壊による賃貸ビルの賃料の急激な下落を理由とする事情変更の原則の適用もしくは借地借家法三二条に基づく賃料減額請求による賃料の減額を求めるのに対し、被告は、おおよそ、<1>本件契約はサブリースであり、不動産業者である賃借人が転貸によって事業収益を得るという資本的取引であり、借地借家法が全く予想していない取引形態であるから、同法の適用を受けないものというべきであり、同法三二条の保護法益、すなわち弱者の居住権の保護という趣旨に照らしても、同法条による減額請求は認められない旨、<2>本件契約には賃料増額特約があり、急激なインフレ又は経済情勢の激変が生じた場合にも改定率を変更することができるにすぎない旨が規定されているから、事情変更の原則を適用して、本件建物の賃料の減額を求めることもできず、また、仮に借地借家法が本件に適用されるとしても、同法三二条一項本文の「不相当」の要件を満たさない旨、<3>サブリースという事業受託契約は不動産業界が開発した商品であること、原告は被告に対し賃料保証及び増額保証を約し、いかなる事情の変化があろうとも被告にリスクを負担させないことを確約したこと並びに原告が不動産業を専門とする大企業であるのに対し被告は不動産賃貸業に素人の個人会社であること等に照らし、賃料減額請求は禁反言の法理及び信義則により許されない旨を主張する。

五  当裁判所の判断

1  借地借家法三二条の適用の有無について

借地借家法は、建物についてはその賃貸借の契約の更新、効力等に関し特別の定めをするものであるが、対象とする賃貸借について何らの限定もなしていないところ、前記事実によれば、本件契約は、賃貸事業受託方式のサブリースであって、被告が原告に対し本件建物を貸し渡し、原告は被告に対しその使用収益の対価である賃料を支払うという、まさしく賃貸借契約であり、転貸を前提として本件建物を一括して賃借することや賃料保証及び増額特約といった約定は使用収益についての特約や賃料支払及び改定についての特約というべきものにすぎず、そのような特約がなされることにより、賃貸借契約の本質が失われるものではないから、本件契約には借地借家法が適用されるというべきである。

そして、本件契約に借地借家法が適用される以上は、賃料増額特約がなされていたとしても同法三二条による賃料減額請求が否定されることはないというべきである。

また、禁反言の原則ないしは信義則の主張についても、前記のとおり、原告は不動産業を営む会社であり、ビル事業部受託開発部においてサブリース事業を手がけており、被告は本件建物の管理を主たる目的として設立された会社であること、本件契約では賃料保証及び増額保証が合意されたこと等の事実が存するが、賃料保証及び増額保証の合意は本件減額合意により撤回されたといわざるを得ず、かつ、借地借家法三二条の片面的強行法規性に鑑みれば、本件においては同条による減額請求が禁反言の原則ないしは信義則によって否定されるに足りるべき事情は認められないというべきである。

よって、本件については、借地借家法三二条が適用されるというべきである。

2  しかるところ、鑑定人若林眞の鑑定の結果(若林鑑定という。)並びに<証拠略>によれば、いわゆるバブル経済の崩壊の影響による貸事務所の賃料の下落、地価の下落その他の経済事情の変動により、右減額請求時点における本件建物の従前賃料額は、不相当に高額となったことが認められる。

3  平成八年九月一日時点での本件建物の継続適正賃料額について

(一)  若林鑑定における本件建物の継続適正賃料額は、サブリースであるといった本件建物賃貸借における個別的事情を捨象するという前提で試算されたものであるところ(サブリースの点の判断は参考意見にすぎない。)、若林鑑定は、本件建物の右時点での継続適正賃料額について、

(1) 差額配分法により算出した、すなわち、(イ)積算法により算出した新規賃料、つまり、平成八年九月一日時点での本件建物の基礎価格に期待利回り四・五パーセントを乗じて得た純賃料相当額に必要諸経費を加算して得た実質賃料(新規賃料)と、(ロ)賃貸事例比較法により算出した実質賃料(新規賃料)とを比較検討して、賃貸事例比較法により算出した実質賃料を正常実質賃料として採用し、それと実際実質賃料(実際支払賃料に保証金の運用益を加算したもの)とを比較し、正常実質賃料の方が低額であったところ、その負の差額をすべて賃貸人に帰属させて得た額(正常実質賃料と同額)、月額一一〇五万円、

(2) スライド法により算出した、すなわち、最終賃料合意時である平成五年一月一日時点における純賃料額に、総務庁統計局発表の東京都区部における消費者物価指数(総合)の推移より算出した変動率一・〇一七を乗じて得た純賃料額に必要諸経費を加算して得た額、月額一六三七万円、

(3) なお、利回り法については土地価格の推移を直接的に反映する手法であるから、本件においては、最終賃料合意時から平成八年九月一日までに土地価格が異常な割合で下落しているから、その手法を本件に用いることは不適切であるとして、利回り法による算出をなさず、賃貸事例比較法については、建物及び契約の始期、契約条件などの点で類似した、規範性の高い賃貸事例を収集し得なかったので、その手法の採用を断念したとし、

以上の差額配分法及びスライド法により得られた試算実質賃料の中から差額配分法による試算賃料を選択し、そこから敷金の運用益を差し引いて算出した月額八五五万三〇〇〇円(消費税を含まず。)をもって、継続適正賃料額と査定したことが認められる。

(二)  若林鑑定の検討

(1) 差額配分法について

採用されている数値に不合理なものはなく、実質賃料と実際実質賃料の差額配分において負の差額をすべて賃貸人に帰属させた点については、鑑定書において一応の合理的説明がなされているものといえ、かつ、若林鑑定はサブリースといった個別的事情を捨象するという前提でなされたから、差額配分法による試算賃料の算出方法として一応相当なものというべきである。

(2) スライド法について

若林鑑定においては、スライド法における賃料の変動率を算出する指数として東京都区部における消費者物価指数(総合)を用いているが、これは、他に適当と認められる公的な指数を得ることができなかったことから、やむを得ず右指数が用いられたのであって、右指数は周辺地域における建物新規賃料の変動を反映するものとは認められないとして、結局のところスライド法による算出結果は試算賃料の調整の段階で斟酌しないこととされており、その理由は相当であったというべきである。

(3) 利回り法について

若林鑑定及び<証拠略>によれば、平成四年一〇月一日から平成七年五月一日までの間に土地の価格は著しく下落したがそれに正比例して建物賃料額は下落していないことが認められるから、若林鑑定において利回り法を採用しなかったことは、相当であったというべきである。

(4) 以上によれば、若林鑑定はサブリースといった個別的事情を捨象した本件建物の通常の賃料額の鑑定として相当なものであるというべきである。

(三)  本件建物の継続適正賃料額の算定

(1) そもそも、借地借家法三二条に基づく賃料改定は、事情変更の原則の要件を緩和して明文化したものであり、一定の経済事情の変動があり、それにより賃料が不相当となったときに認められるもので、その増減は本来一定の経済事情の変動を原因として生じた不相当分を是正するものであって、それ以上の賃料額の是正を原則として意図するものではないというべきである。すなわち、従前の合意賃料額が、種々の個別的事情が反映されて、もともと相場賃料よりも高く設定されていれば、改定賃料も相場賃料よりも高くなるべきであり、逆に相場賃料よりも低く設定されていれば、低くなるべきであって、それを相場賃料と同等にすることは、借地借家法三二条の予定していないことであり、かえって契約自由の原則に反する結果となるから原則として許されないというべきである。なお、本件においては、賃借人である原告は、不動産業を営みビル事業部受託開発部においてサブリース事業をなす会社であり、賃貸人である被告は本件建物の管理のために設立された会社であるから、賃借人は賃貸人と対等ないしは優位の立場であり、本件建物賃貸借の契約関係は実質的にも双方の自由な意思に基づいて決められたものというべきであるから、原則どおり契約自由の原則を尊重しても、借地借家法の趣旨に反して賃借人に不当な結果を生じるものとはならないというべきである。

(2) しかるところ、前記のとおり、原告は、本件契約に至る過程において、原告が賃料及びその値上率を保証するので被告には高額の収入が長期間保証され、危険負担は全くない旨を説明し、本件契約においては、賃料改定について賃料の支払開始日から三年毎に直前賃料の一〇パーセントの値上げを保証し、但し、急激なインフレまたは経済情勢の激変が生じた場合は原告、被告協議のうえその改定率を変更できる旨を合意していたのであり、原告は、本件契約及びそれに至る過程で、経済情勢の激変が生じても率はともかく値上げは保証する旨を約し、被告には危険負担がない旨を強調していたものであり、バブル経済の崩壊はまさしく経済情勢の激変であってそれ以上のものではないから、原告は、本件契約の段階では、バブル経済の崩壊といったような場合でも本件建物賃料の値上げを実施することを約束していたものというべきである。

(3) にもかかわらず、被告は、原告による一方的な減額賃料の支払や再三の要請によりやむを得ず、本件減額合意に応じたのであり、本件減額合意により、本件建物の賃料は、本件契約による合意賃料が一度も履行されることなくその賃料よりも大幅に減額した額が当初から支払われたのであり、その実際実質賃料は敷金の増加分を運用率三パーセントで計算して加算しても四〇パーセント近く減額されているのである。しかも、被告は本件契約での賃料増額合意の撤回という不利益をも甘受しているのである。かように、被告は、本件契約において本来負担する約束ではなかった負担を本件減額合意においてやむを得ず負担しているのであり、本件建物の賃料について、バブル経済の崩壊の影響による賃料相場の下落について、応分以上の負担に応じたものというべきである。

(4) また、前記のとおり、原告においては本件建物のサブリース事業を受注するために既に被告に対しサブリースを申し込んでいた同業他社より高額の条件を提示して本件契約を締結したものであり、また、本件減額合意による賃料等についても、<証拠略>によれば、原告における本件建物の賃借及び転貸による収支は、原告の試算で平成四年度で約六四〇〇万円の赤字、平成五年度で約五〇〇万円の赤字、平成六年度で約一三〇〇万円の赤字、平成七年度で約四三〇〇万円の赤字、平成八年度で約七〇〇〇万円の赤字であることが認められるo

右によれば、原告、被告間の本件建物についての本件契約及び本件減額合意による賃料は、いわゆる相場の賃料よりも高いものであったというべきである。

また、本件減額合意においては、原告は本合意による賃料額が本件契約に定める当初賃料額二四〇八万六六〇〇円(坪単価月額三万四五〇〇円)を早期に上回るように転貸条件の向上に誠意をもって努力する旨が併せて合意されており、したがって、当初賃料額二四〇八万六六〇〇円については、全く意味がなくなったわけではなく、目標賃料額という程度ではあるが、一応意味のあるものとして残されているものというべきである。

よって、賃料の改定においては、これらの点も勘案すべきである。

(5) 他方、前記のとおり、本件契約は賃貸事業受託方式によるサブリースであり、本件建物の建築は被告代表者においてその裁量により建築し、建築資金を調達したものであり、原告の要請によって本件建物の仕様、設備が一部変更されてそのための追加工事が必要となったものの、それは建物全体からみれば若干の変更にとどまるものであり、本件建物の建築関係には基本的には原告は関与しなかったというべきで、したがって、原告と被告との間で調整すべき損益、利害関係は本件建物の賃貸借関係における損益、利害以外には存在しないというべきである。そして、被告としては、本件建物の賃借人は代替性があったものであり、原告に賃貸しなければ、同業他社に同様にサブリースするか、あるいは自らが直接貸事務所として賃貸することになっていたはずのものであり、そういった面から考えると、被告において、平成五年以降の賃貸ビルの賃料下落による不利益分を全く負わないというのは妥当ではないというべきである。

しかも、現段階における賃料改定に関する合意は、前記のとおり、本件契約における増額合意は撤回され、本件減額合意における、原告の転貸状況を勘案し、原告、被告双方の協議のうえで決定される旨の合意が効力を有しているところ、原告における本件建物の賃借、転貸の収支は前記のとおり赤字であり、仮に若林鑑定による試算賃料によったとしてもその赤字は解消されない(原告の試算によると原告の請求額である月額七七三万九九七七円で収支が見合うものとなる。)という状況にあることが認められる。

(6) 結論

前記のとおり、若林鑑定は、サブリースであるといった本件における個別的事情を捨象して本件建物の通常の賃貸借における継続適正賃料額を求めたものであり、その試算賃料である月額八五五万三〇〇〇円は結論的に差額配分法による試算額と同額であり、それは本件建物の経済的価値に純粋に即応した賃料で新規賃料額に等しいものとなっている。

かような八五五万三〇〇〇円と合意支払賃料額である一三六〇万円とを前記(1)ないし(5)の事情に基づき調整すると、賃料改定についての合意にしたがって原告の転貸状況を勘案して相当額の減額をすべきであるが、他方、被告が本件減額合意により応分以上の負担をし四〇パーセント近くの実質賃料の減額に既に応じていること、本件建物の合意賃料はもともと相場家賃よりも高いものであること、目標賃料額として当初賃料額二四〇八万六六〇〇円が設定されていることをも勘案すべきであり、これらを総合すると、右の差額については原告と被告が同等の割合で負担すべきであり、したがって、その中間値である一一〇七万六五〇〇円をもって相当賃料というべきである。

4  よって、本件建物の平成八年九月一日時点での継続適正賃料額は一一〇七万六五〇〇円(消費税を含まず。)というのが相当であり、もっとも、本件建物の賃料は毎月末日限り翌月分を支払うという約定であり、減額請求がなされたのは平成八年九月三日であるから、賃料の減額は同月末日が支払期日の平成八年一〇月一日から生じるものというべきである。

(裁判官 田中寿生)

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